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昔の大浦居留地 |
![]() (長崎大学付属図書館所蔵) |
大浦 川右岸と東山手の洋館群 背後の丘の上にあるピンク色の二階建ては、元イギリス領事館が建っていた東山手9番地に明治19年(1886)に設立されたスチィル記念学校*である。手前の川沿いの建物は東山手から大浦13番の2棟と14番のもの。14番の建物は幕末期からあったL字型平面の入母屋造2階建てを背後に増築したもので、屋上の看板には 「COOK’S HOTEL」、ベランダの看板には「MH.COOK/SAIL MAKAR」と書かれている。明治30年前後の撮影であろう。 *スチィル記念学校 ・・・ 明治24年に東山学院と改称する。建物は現在グラバー園に移築 |
![]() (長崎大学付属図書館所蔵) |
南山手から大浦を見る 南山手の9番地(現在、三菱重工外国人宿舎があるところ)付近から大浦、東山手を見たもの。元治元年(1864)の大浦海岸通りの5間築足しは完了しているが、その前の波止は未完成で、東山手14番の洋館が建っていることからして、慶応元年(1855)頃の撮影と見られる。大浦海岸通りに面した建物では7番の洋館のみが規模が大きく本格的な居留地様式の洋館となっていたことや、河岸通りの中央分離帯に木製柱の街灯が等間隔に並ぶさまが目を引く。 |